2005-08-08(Mon) [長年日記] 編集
_ ミッドウェイの刺客/池上司
1942年6月、太平洋戦争のターニングポイントとも言えるミッドウェイ海戦。ミッドウェイ島の攻略と米空母の壊滅を目指した日本海軍であったが、参加した4隻の空母を全て失う大敗を喫する。米海軍に対してはヨークタウンを大破するのみ。その傷ついた米空母ヨークタウンにとどめを刺すべく忍び寄る潜水艦伊168。史実に基づいたフィクション。
池上司はデビュー作の『雷撃震度十九・五』以来。こちらも実際にあった米巡洋艦インディアナポリスを撃沈した伊58潜を題材にした物語。潜水艦にまつわるお話は無条件に弱いので、見つけたときは飛びついて読んだ。が、なんだかもうひとつだったんだよなぁ。どこか不完全燃焼。そんなことがあるんで多少の不安を抱きつつも、手に取ってみた。
期待していた程盛り上がらず。
緊迫感があまり感じられないのだ。物語の展開があまりドラマティックじゃないせいか。そもそも最初に受けた任務はミッドウェイ島付近の哨戒という、敵艦を撃沈するのが華だと思う乗組員にはえらく不評な任務。ただひたすら目立たず見つからず、息を潜めて偵察するという地味なお仕事。冒険といった要素とはかけ離れている。
そして急遽舞い込んできた、本日のメインイベントであるヨークタウンの攻 撃なんだけれども、割りとあっさりヨークタウンを撃沈しちゃうんだな、これが。そんなことから、困難を乗り越えて任務達成!という気分があまり湧かないのだ。
潜水艦を巡る物語特有の、見えない相手に対する駆け引き、というかゲーム性みたいなところがない。手に汗握る攻防って感じじゃないなぁ。伊168側の視点しかないって事と、やはり史実を元にしている以上あまり突飛な展開に出来ないってこともあるのかな。
ミッドウェイ島への砲撃から、その後の哨戒艇との戦闘(これはオリジナル設定?)が、もっとワクワクしたものだったらと思うんだけれど。どうせなら、もっとアクロバティックな展開でも良いのではないかと、思うわけでありますね。
2005-08-18(Thu) [長年日記] 編集
_ 灰色の北壁/真保裕一
『ホワイトアウト』以来の山岳ミステリ。ただ、冒険小説ではないですね。人の心の奥にあるもの描き出す心理ドラマといった趣です。
黒部の羆
山岳警備隊を引退して、現在は剣岳のとある山小屋を任されている「黒部の羆」と呼ばれる男。彼は25年前に剣岳で遭難するという忌わしい思い出があった。そんなある日、大学の山岳サークルの二人が遭難して救助を求める連絡が入る。そこにかつての自分を重ね合わせ救助に向かうのだが……。
ミステリ“風味”の小説かと思っていたら、結構しっかりとミステリしてます。こんなオチを最後にもってくるとは思いもしなかったので、素直にビックリしました。
ひとつ残念なのは、登山の専門用語がずらずら出てきて状況を思い描けないところでしょうか。それでも、吹雪いた雪山の息苦しいような緊迫感は充分に伝わってきます。
灰色の北壁
「二十世紀の課題のひとつ」と言われ続けたカスール・ベーラ北壁。そこを立った一人で初登攀を成し遂げた日本人クライマー、刈谷修。しかし、その登頂には疑惑がもたれていた。その事をノンフィクションとして発表した作家の「わたし」は、刈谷が登山中の落石で死んだ事をきっかけに、もう一度疑惑の答えを追う……。
「果たして刈谷は本当に北壁に立ったのか?」が軸となって物語は進みます。そして明かされる真相。登場人物たちの胸に去来する想い。人は何のために山に登るのかーそんな言葉が思い出される一編。
雪の慰霊碑
坂入慎作は、三年前に一人息子の譲を雪山で亡くしていた。彼はその命日に息子の命を奪った山へと向かう。譲の婚約者であった岡上多映子は、登山経験もない坂入のそんな行動に息子の後を追うのではと危惧する。彼女の不安を打ち明けられた野々垣雅司は坂入を追う……。
いいお話だとは思いますけど、一歩引いてみると美談チックなところがなんだかイヤらしい感じがしないでもないです。坂入の山へ登る理由は判るようで、結局のところ言い訳なのではと思ってしまったり。自分の気持ちに素直になれない初老の男の足掻きといった感じですね。
ただ、山の上では素直になれるってことは判る気がします。登山なんて富士山に二度登っただけですけど、登っている最中はピュアになれるというか、確実に雑念は捨てられます。何も考えられないといった方が正確かな。自分に向き直れるといったところまではいかないけれど、山頂にたどり着いた瞬間は、何か悟りのようなものは感じられた、気がしました。ま、余談ですけど。
2005-08-19(Fri) [長年日記] 編集
_ 天使のナイフ/薬丸岳
桧山貴志の妻祥子は殺された。僅か13歳の少年たちに。少年法の保護のもとで罰せられる事のない彼等に対する桧山の行き場のない憤り。「国家が罰を与えないなら、自分の手で犯人を殺してやりたい」ーー 4年後。犯人の少年の一人が何者かに殺害される。再び事件と向き合う事になる桧山の前に明かされてゆく真実とは……。
第51回の江戸川乱歩賞受賞作。少年犯罪というテーマに始り、そして収束していくプロットはとても重厚で、既に10年選手の風格といったものを感じさせる。素直に凄いなぁ、と。乱歩賞って個人的には当たり外れが大きいけれど、これは納得の受賞作。
最初から最後まで破綻することもなく、自己満足にも感じられるところもなく、知らず物語の中に否が応でも引きずり込まれる。読み始めたら止まらない。物語の展開も、うねりがあって飽きさせない。
しかし、テーマがテーマだけに読み手の受け取り方も千差万別ではないかと。少年による犯罪はどう対処していけばいいのか。「厳罰」を求めていくのがいいことなのか、「更生」を第一に考えていくのがいいのか。被害者の立場と加害者の立場。この辺りは難しいところだ。
傍観者としては、大人だろうが子供だろうが罪は罪だろう、とは思う。もっとも、そんな事を考えなければならない「現在」を憂うべきなのかもしれない。
ミステリとして最後にちゃんとサプライズをーちょっと後味は悪いけれどーもってきているし、伏線も地味ながらちゃんと押さえられいてとても好印象。それだけに、これでもかというぐらい畳み掛けてくるそのテーマの重さが、純粋にエンターテーメントとして読むときにやや邪魔になるような気もする。ともすれば臭気とも感じられるのだ。そこまでしなくてもとね。だからこそ面白いんだというのも事実でもある。
天使のナイフ
講談社
¥ 1,680
2005-08-22(Mon) [長年日記] 編集
_ テロリストのパラソル/藤原伊織
あらすじ
島村は40代半ばのアル中のバーテンダー。彼には人には言えない過去があった。全共闘だった学生時代、ふとした事故から爆弾を爆発させ友人の桑野と共に警察から指名手配を受けていたのだ。以来名前を変え、人目を忍んでひっそりと生きてきた。
そんなある日。新宿の公園で大規模な爆弾テロが発生。現場に居合わせた島村は、置き忘れたウイスキーの瓶の指紋から再び警察に追われる事になる。やがて、テロの犠牲者の中に桑野と、全共闘の仲間であり短い間同棲していた園堂優子がいる事を知る。これは偶然なのか……?。
感想
かなり硬質で、歯ごたえのある物語です。その分途中でこんがらがっちゃって、お話の尻尾が見えなくなった部分もあったりしましたけど。
なんと言っても、島村と浅井。アル中のバーテンダーと元警官のやくざ。その二人の存在だけで、ご飯3杯はいけます。未だ2冊読んだだけでいうのもおこがましいですが、藤原作品に引かれるところは登場人物たちの際立った魅力ではないでしょうか。彼等の立ち振る舞いを読むだけでウットリしちまう。ヘロヘロで生きているこっちにしてみれば彼等は—アウトローでも、いやアウトローだからこそ—憧れるのです。アル中である事が格好良く思えてきてしまうんだから。もっとも、カッコいいアル中になるのは大変な事ではるんでしょうけど。
この格好良さはどこから来るんでしょうか。島村にしても浅井にしてもその生き方は「時代遅れ」という言葉が当てはまりそうです。島村は言います。
「私たちは世代で生きてきたんじゃない。個人で生きてきたんだ」
時代に遅れているのではなく、時代に媚びる事無く己の信ずる道—例えそれが間違っていようとも—を歩く姿が胸を打つんですね、きっと。
タイトルの由来は、ちょっと切ないですね。「テロリスト」と「パラソル」がどう結びつくのか。ラストの方で、明かされるんですが、判ってみると情景が浮かんでくる味のあるタイトルです。
これで『シリウスの道』のあの場面へと繋がったわけです。改めてその辺りを読んでみると、その言葉のひとつひとつの意味が判って改めて深い感慨が。彼は、亡くなってしまったのですね。今更ながらしんみりと。
それにしても、あのホットドッグは一度食べてみたい。旨そうですよね。
テロリストのパラソル (講談社文庫)
講談社
¥ 650
2005-08-30(Tue) [長年日記] 編集
_ 容疑者Xの献身/東野圭吾
五年前に暴力が原因で別れた夫の突然の訪問に花岡靖子は青ざめた。別れた後もしつこく付きまとい、ようやく逃れられたと思ったばかりのところだった。諍いとなり勢いで靖子と娘の美里は前夫を殺してしまう。 秘かに靖子の事を思っていた隣人の石神は、途方に暮れる彼等に力を貸すと申し出る。その石神の完璧な隠蔽工作は思いもよらぬものだった……。
まず最初の驚きは、ノンシリーズだと思っていたら突然湯川と草薙が現れて。探偵ガリレオのシリーズだったのですね。
このトリックはとてもいいです。著者自身「考え得る最高のトリック」と述べているのも頷けます。完全犯罪といっていいのではないでしょうか。ただし、目的が普通と逆ですね。もっとも抵抗感もありますけど、アレは。
トリック自体の出来もそうですが、使い方が絶妙です。それが想いを寄せる女性への愛情の深さに繋がっているのです。まさにこの物語の主題。石神の健気さにちょっとジンときました。
不器用な男の精一杯の愛情表現。純愛。それが必ずしも正しい事ではないだけに切なさが胸に沁みます。途中でー隠し撮りのあたりーちょっと下衆なヤツかな、と思わせておいての後だから余計に。あれがあんな意味を持っていたなんて。
人間がこれほど他人を愛する事が出来るものなのかと感嘆するばかりだった。
私には出来そうもありません。
ただ、居心地の悪い部分もあります。それは、彼等が殺人を隠蔽する事を選んでしまった事。もちろんミステリですからそうしないとお話しになりません。でも、それしか他に道がないというような、彼等に対する共感が充分伝わらないのです。不可抗力の殺人であった事。何より前夫は殺されても仕方がないと思える事。であれば、正々堂々と罪を認めるべきだと感じてしまうのですね。これが不可抗力の殺人ではなくて、最初から計画的なもののほうがより盛り上がった気がします。まぁ、個人の好みですけど。
あと、石神のために涙するにはもう少し花岡靖子が魅力的に描かれていればと。あまりヒロインといった気分ではないです。娘の美里も、存在感が薄いのがちょっと気になるところ。
もうひとつ好みで言わせて頂ければ、湯川は最後に真相を告げるベキではなかったような。全て彼の胸の内に納めておくのも。でもそれでは、結局靖子・美里親子は救われないか。だったら、最初から自首していれば。それを言ったらおしまいですか。
一番救われないのは……、そうあの人ですよね。合掌。
容疑者Xの献身
文藝春秋
¥ 1,680
