酔眼漂流記

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2005-11-24(Thu) [長年日記] 編集

_ 第3のビールってなんだ?

「第3のビール」とは、例えばサッポロの「ドラフトワン」やサントリーの「スーパーブルー」を指すらしい。酒税でみると、これらは普通のビールの三分の一、発泡酒と比べても半分となっているのだ。その分価格も安くなっているわけだね。

これが、財務省には不満らしいよ。「低税率を利用した税逃れ商品」だとか「ビールと同じ飲み方をされているのに税率が違うのは不公平だ」とご立腹。この「第3のビール」が売れてきて税収入が下がるのがお気に召さないみたい。「そんな安いもん作りやがって」ってことか。発泡酒の時と同じだね。将来的には酒税の見直しをして税率を上げたいらしいね。

でもこれに関しては微妙な意見。日頃懐具合と相談して、「今日は発泡酒にしておこう」なんてことを言っている身としては、増税はもちろん反対。そうかといって何から何まで反対と言うわけでもない。

そもそも酒税法自体に問題がありそうで。ビールに関して言えば酒税の対象となるのは使われる麦芽の量。大雑把に言えば麦芽が多い程税率も上がるのだ。何故? これっておかしくない? 確かに不公平と言えば不公平だよね。酒税法が制定された当時(1940年)の食料事情にあるみたいなんだけどね。よするに酒造りなんかで食料となるものをなるべく使わせたくないっていうね。

そんなことを思えば、この際改めて全部一緒の土俵で、なんてことも悪くないんじゃないかなと思ったり。だだし、税率は安い方に合わせて。こうすれば円満解決間違えなし。でもそんなことは、あり得ないだろうねぇ。

それはともかく。「第3のビール」なんて言い方はどうだろう。本来「ビール」ってのは麦芽を使って造られるお酒なんだぜ。「ドラフトワン」なんて麦芽の「ば」の字も使われてない。別に「ビール」の方が偉いんだぜ、なんてことを言うつもりはないよ。でも「ビール」には「ビール」だけが持つ味わいがあるのは事実。もちろん発泡酒には発泡酒のね。それでも、ビール好きにはやはり似て非なるもの、なのだ。「ビール」あくまでまでも「麦酒」なのだ。いろいろな商品を出すのもいいけど、ちゃんとした「ビール」にも力を入れてよね。と、机の上を拳で激しく叩きつつ力説しておきたい。

Tags: Drink

2005-11-30(Wed) [長年日記] 編集

_ 女王様と私/歌野晶午

歌野晶午という作家は、私にとっては黒歴史といっていい存在なのでした。そもそもデビュー作『長い家の殺人』の拙さに絶句致しました。あんなにバレバレなトリックをもってくるなんて、ある意味大胆だとは思いましたけど。それでも『白い家』『動く家』と読み続けました。何か期待させるものがあったってことだったんでしょうか。もう忘れちゃいましたけど。ともかくこの3冊でお腹いっぱい。

しかし2004年の『葉桜の季節に君を想うということ』で、再注目。しかし、忌まわしい記憶からなかなか手にとることがありませんでした。そんな時に『女王様と私』をとある方から貸して頂き、過去の呪縛から逃れるチャンス到来?

なんでしょう、このお話は。自分自身でも感想が掴みづらい。読む事自体は面白かったですが、内容が面白いかというと、ウーム。

割と挑戦的なことをしていると思うのです。あのネタは途中で作者自身がバラしているからいいようなものの、これを最後まで引っ張ったら「バカヤロウ!!」と本を投げ出してしまったんじゃないでしょうか。殺人事件の結末が曖昧なのはそのせいで許せます。許せるけれど、スッキリしない気分も。最後の事件の件は言及なしですし。ミステリとして読んでは駄目。奇麗に謎が解かれてこそミステリだと思う私には、そんなところでマイナス点。

善くも悪くも予想を裏切る展開ってことでは、面白いのです。何よりその仕掛け、構成はよく出来ています。読み終えて判る、あんなとろやここんなところにニヤリとします。カバーの見返しや、各見出しの意味。女王様の登場シーンも、そんな手がある事は百も承知しているのに引っかかっりましたし。最後の最後でちゃんとオチを付ける着地点は、着地の姿勢はあまり美しいと思えず問題ありだけど、お見事です。

いうなればこれはマジックショーみたいなものでしょうか。次々と繰り出される大小の仕掛けで煙に巻かれるのを楽しむ、というのが正しい読書の姿勢かも。

女王様と私 女王様と私
歌野 晶午
角川書店
¥ 1,680


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