2006-11-07(Tue) [長年日記] 編集
_ 摩天楼の怪人/島田荘司
あらすじ
ニューヨーク、マンハッタン。セントラルパーク・タワーの34階。死期を悟った往年の大女優ジョディ・サリナスは50年前に犯した罪を告げる。マンハッタンを台風が襲い停電した夜、1階で悪辣な興行家であるジーグフリードを射殺したと言う。彼女のアリバイのない時間は僅か15分。停電でエレベーターは使えない状況では、短時間で自宅と現場を往復するのは不可能だった。ジョディはこの謎が解けるかとミタライに問う。
感想
メインの謎の他にも不可解な事件のてんこもり。セントラルパーク・タワー自体が壮大な謎を秘めた、主役ともいえる。分量も内容もボリューム満点の一冊。しっかり腰を据えないと消化不良を起こしそう。そのかわり歯ごたえも満腹感も充分。相変わらず力技で納得させられちゃった感があるけど、それが嫌みに感じないのはこの人ならではか。
だって、34階から1階の往復をどうやったかなんて、ずっこけましたぜ。これがトリックになるかならないかの際どさ。そう書くといかにもつまらないトリックみたいだけど、そんなことはない。事実驚きましたもん。やっぱりね、謎の演出が見事だから騙されちゃうし吃驚しちゃうし納得しちゃうんだな。結局なんだかんだ言っても好きってことなんだ、島田荘司が。
まぁ、それでも純粋にミステリというよりは冒険物語といった方がいいかも。壮大なホラ話を楽しむって姿勢。
途中にCGで作成されたセントラルパーク・タワーの挿絵がある。これが曲者だ。最後にビックリしたければ、間違ってもパラパラめくっちゃいけない。最初から読むべし。最後の方で色が変わってるページがあるんで、なんだろうと思ってめくってみようとしたんだよね。しなくてよかった。
余談。これと『帝都衛星軌道』を読むと著者のの興味のありどころが朧げながらに判ってくる、ような気がする。ちっぽけでも人類には歴史があるってことも思い至る。過去の上に現在が成り立っていると言うこと。
摩天楼の怪人 (創元クライム・クラブ)
東京創元社
¥ 3,000
2006-11-09(Thu) [長年日記] 編集
_ 独白するユニバーサル横メルカトル/平山夢明
グロテスクであり、スプラッターであり、残虐で痛い話だ。普通はこの手のお話は避ける。でも、誰しもだと思うが、心の奥底に残虐性を隠してるはずだ。それは快楽と紙一重の感情。恐いもの見たさ。目を背けながらも引き込まれてしまうのだ。
エログロナンセンスだけの物語ではない。過激で濃厚な内容だけれど、後味は意外とさっぱり。乾いた筆致がそう感じさせるのか。切なさや儚さ、美しさすら感じる。残虐な描写に目がいきがちだけれど、それはあくまでもフレーバーでしかない。根底にあるのはガラス細工の如く繊細な物語だ。
「オペラントの肖像」なんか、恋愛小説だ。近未来の世界。芸術は人間を堕落させるものとして禁止されている。それを取り締まるものと被疑者の行く末。下手な恋愛小説読むよりグッと来る。読み終えた後に残る寂寥感と言ったら。
「卵男」もやるせない。ラストのどんでん返しも効いているが、なんと言っても主人公の猟奇殺人犯の冷めた魅力。
「怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男」もラストに相応しい秀逸さ。生きたまま人間を切り刻む拷問。この中で一番読んでいるのが辛い一編。でも、読んだ後に残るのは嫌悪感じゃない。なんだか愛を感じるのだ。拷問を加えるのが男で被害者が女ってことからか、指を断ち骨を折るシーンが官能的でさえある。キーワードは「ロマンス」。狂気と正気の狭間。最後はあまりの切なさに涙する想い。
確かに描写が所々おぞましいので、気軽に読むようなものじゃないのは確か。でも、良薬は口に苦し。もしくは麻薬か、これは。いい知れぬ魅力があるよ。
独白するユニバーサル横メルカトル (光文社文庫)
光文社
¥ 600
2006-11-13(Mon) ロマンはどこだ!: 陽気なギャングが地球を回す [長年日記] 編集
_ 陽気なギャングが地球を回す/伊坂幸太郎
銀行強盗(ギャング)は、人間嘘発見機、天才スリ、演説の達人、正確な体内時計の持ち主の四人組。いつものように完璧に仕事をこなした彼らを襲うアクシデント。逃走中に、同じく逃走中の現金輸送車襲撃犯と鉢合わせ。あろう事かそいつらに「売上」を横取りされるはめに。四千万円を取り返そうとする彼らだけれど、死体に遭遇するは、いじめ問題に関わるはと思いもよらない展開。いやはや結末はどうなることやら。
とにかく読んで楽しい一冊。スピーディーでスタイリッシュ。割と先の展開は読み易い。けれどそんことには負けない面白さ。むしろ予想を裏切らないのが爽快で気持ちがいい。最後に待つのはハッピーエンド。悪は滅びて正義が勝つ。まぁ、ギャングが正義かどうかって問題はありますが。
クライマックス。それまでさり気なく登場していた小道具たちが、忘れかけた頃にちゃんと意味を持って活躍するなんて。その度にやられたと膝を叩いて大笑い。実に小気味いいんだよなぁ。最初のページから、まったく無駄がないんだよ。
4人のキャラクターたちの愛おしさ。どいつもとびっきりカッコ良くて恋しそう。彼らと一緒ならオレも銀行強盗してみたいぜ。繰り出される会話がこれまた軽妙で洒脱で、それだけでもニヤニヤしちまうのだ。なんだか読んでるだけで生きているのが楽しくなってくるね。
あ、でも一番のお気に入りは祥子さん註1かもしれない。結婚相手には素敵かな。
「正しいことが人をいつも幸せにするとは限らない」
これって伊坂作品の一貫したテーマかな。清く正しく美しいだけの人間は登場してこないような。銀行強盗と現金輸送車襲撃。人間は多かれ少なかれ悪い事をしてしまう。それが正しい立場なのか間違った立場なのかの違いなのか。もしくはロマンの有る無し、か?!
本筋とは直接関係ないことだけど。リーダーの成瀬の息子は自閉症だ。そのことに触れる場面が出てくるんだけど、彼ら(著者)はその子に対して偽善ぶるわけでもなく、醒めても諦めてるわけでもない。他人と違うってことを彼らなりに理解している。ある意味ちゃんと差別している。でもそれは自閉症だからじゃない。彼は彼として他の人と違うんだ、ということ。そんな描写はとても温かくて清々しさを感じるのだ。
陽気なギャングが地球を回す (ノン・ノベル)
祥伝社
¥ 880
註1 演説の達人・響野の奥さん
2006-11-15(Wed) [長年日記] 編集
_ 陽気なギャングの日常と襲撃/伊坂幸太郎
陽気なギャングが地球を回すの続編。愛すべき4人組ギャングの大活劇冒険談。ありえない、なんてことは言っちゃいけない。頭空っぽにしてシュールな世界を楽しむべし。
とは言え、著者自ら言っているように前作以上に現実離れしたお話は、その分だけ突っ込みどころも多い気がしないでもなし。
4つの短編プラス中編という形なんだけど、独立した話である短編が微妙にリンクしていて、しかも中編のプロローグであり伏線になっている凝った構成。
この短編がミステリのツボを押さえた好編。なかでも響野が活躍する「ガラスの家に住む者は、石を投げてはいけない」はウィリアム・アイリッシュの『幻の女』のオマージュともいうべきもので洒落てる。口から先に生まれてきたような響野はエキセントリックな系譜の名探偵といった風情。他の3編も成瀬、雪子、久遠それぞれの個性・能力が存分に発揮されていて短いながらも味がある。
ところがだ。本編とも言うべき第2章以降。社長令嬢誘拐事件に関わることになったギャング4人。こっちがちょっとパワーダウンしているよね。もちろんそこは伊坂幸太郎。ニヤニヤさせられたり大笑いしたり。実に読んでいて楽しい。伏線の妙味も冴えてるし。
が、しんみりといった要素がないのだ。思わず目頭が熱くなっちゃうような場面。そこがもうひとつといった感想になるのかな。難しく言うとメッセージ性があまりない、とか。面白いだけになちゃってる、なんて贅沢すぎる注文だなぁ。
こんなことを言うと怒られちゃうかもしれないが、どうも手を抜いてる感じもしちゃうのだ。とても淡白なんだよね。4人のキャラクターの面白さ、もっと言えば響野と久遠お笑いコンビの存在だけでお話がもちゃってる。ストーリーはどうでもいいなんてことはないんだけど、彼らに比べると少々希薄に感じちゃうのだよ。
間抜けな誘拐犯二人組の最後なんか、妙に中途半端だよなぁ。ま、いまだに消えたワゴンを探しまわってるかもしれないと想像するのは愉快なんだけど。
ようはあれだ。伊坂幸太郎については普通に面白いだけじゃ物足りない体になっちまったってことだ。
陽気なギャングの日常と襲撃 (ノン・ノベル)
祥伝社
¥ 880
2006-11-22(Wed) [長年日記] 編集
_ 数学的にありえない/アダム・ファウアー
まさしくハリウッド映画的な一冊。いい意味でも悪い意味でも。追う者と追われる者の生死を賭けた追いかけっこ。重箱の隅をつつくようなことはしなさんな。勢いで最後まで突っ走るぜぃ、なんて感じかな。荒唐無稽なお話を素直に楽しむべし。
上巻は登場人物たちの紹介といった体裁。いわゆる前振りってことで、正直ちょっと退屈。総てのカードが出そろってからは物語の着地点に向かって一直線。あんな話がこんなところに繋がって、そんな行動が思いもよらぬ結果を招いて、とドミノ倒しの様。全ての出来事がラストの一点に収斂していく小気味よさ
未来は予測することが可能なのか? それがこの物語のポイント。数学者のデイヴィッド・ケインの秘められた能力がそれを解く鍵になるのだ。それを利用しようとする悪い人が出てきて……。
それにしても、未来ってのは自分一人ではなく誰かの影響を受けて存在するんだよなぁ。自分の行動が知らず他人に影響するのが判ってしまったら。それでも自分が正しいと思う選択をするしかない。
量子力学、確率論、統計学といったギミックが散りばめられて、それなりに知的興奮を満足させる一冊。ちょいとチンプンカンプンなところはありますが……。「ラプラスの魔」とか「シュレーディンガーの猫」なんて言葉の意味をちゃんと知るきっかけになりましたよ。
確率論の面白さ。生徒58人のクラスのなかに誕生日が二人以上いるかどうかの賭けをするとして。さて、どちらに賭けるべきか。感覚的にはいない方が分が良さそうだけど、確率的にいえば意外な結果。詳しくは本書を読んで頂くとして、ちょっとしたトリビアだね。
活劇シーンも見所あり。この物語の主人公は、実はCIA工作員のナヴァだなぁとも思う。オレにとっては読んでいてすっかりケインより彼女だ。物語のクライマックス。満身創痍になりながらも闘うナヴァの姿に惚れた。美しき戦闘マシーンなんてゾクゾクきません?
最後に。上下巻で4,000円を超すお値段を出すだけの事はある!かと言えば……。ちょっとお高いかなぁ。
数学的にありえない〈上〉
文藝春秋
¥ 2,200
数学的にありえない〈下〉
文藝春秋
¥ 2,200
2006-11-27(Mon) [長年日記] 編集
_ あなたに不利な証拠として/ローリー・リン・ドラモンド
これはどう形容したらいいんだろう。「面白い」物語ではない。人によっては退屈なだけかもしれない。正直言って私も最初は読み進めるのに苦労した。しかし、いつの間にか掴まってしまったのだ、物語に。
バトンルージュ市警に勤める5人の女性警官を主人公とした短編集。各々が独立した話でもなく、微妙に重なり合いながらひとつの物語として立体的に成り立っている。
内容は彼女たちの日常を淡々と語っていくだけ。ミステリとしての謎も、派手な展開も、アクションも何もなし。明確な結末さえない。エンターテイメントとしての小説を期待するのは間違い
しかしながら、著者自身警官だったという事もあってか、その日常のディティールは圧倒的だ。そこに彼女たちの生き様が浮かび上がる。本を持つ手に、彼女たちの葛藤や苦悩がずしりと重くのしかかる。
無色透明で端正な筆致がいい。気持ちのそこにじわじわと染み込んでくる。もちろんこれは訳者の方の力量でもあるんだろうけど。
何かの答えを求めて読むならば、きっと失望する。これは自分自身に問いかける物語だ。結末は読む人によって決まるんだろう。
▽あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)(ローリー・リン ドラモンド/Laurie Lynn Drummond/駒月 雅子)
2006-11-28(Tue) [長年日記] 編集
_ 孤島パズル/有栖川有栖
あらすじ
奄美大島の南50キロに浮かんだ孤島で過ごす夏休み。英都大学推理研の江神とアリスは、マリアに誘われて彼女の叔父の別荘がある嘉敷島へ訪れる。その島には5年前に亡くなった祖父が秘かに隠した財宝があると言う。未だ発見されない宝探しのパズルに挑戦する二人。しかし、楽しむ間もなく台風の夜惨劇は起こり、悲劇は連鎖する。
感想
有栖川有栖の長編二作目。英都大学推理研ものとしても二作目。残念ながら長編は未だ三作しか出ていないけれど、その中でどれが一番お気に入りかと問われれば—甲乙付け難いけど—「孤島パズル」を推す。それは有栖川作品全部の中でも、って事だ。
何よりもそのロジックの美しさと斬れ味。一枚の地図に残されたタイヤの跡。そこから導きだされる真相の、なんと繊細で緻密なことか。一点の澱みも曇りもないそれは、ため息が出るばかり。今でも読むたびに鳥肌が立つ。
まさにジグソーパズルだ。無秩序に散らばったひとつひとつのピースを丹念に吟味しあるべきところへ収める。そこに出来上がる思いもよらない光景に息を呑むのだ。そして、その美しさの裏にある悲哀に涙する。 謎は解かれても、物語は終わらない。生き残ってしまった人々は何を想うのか。そんな余韻にどっぷりと浸かるラスト。
ともかくだ。これぞ推理小説だぜ、と声を大にして訴えたい一冊なのだ。まぁ、人によっては能書きが多くてクドいという事にもなるのかもしれないけどね。 もうひとつ付け加えるならば。今回から登場する推理研の紅一点、有馬麻里亜に注目。まぁ、チャーミングな娘なんだ、これが。
孤島パズル (創元推理文庫—現代日本推理小説叢書)
東京創元社
¥ 693
2006-11-29(Wed) 雪が降る: 始まりは"まごころ"だった。 [長年日記] 編集
_ 雪が降る/藤原伊織
ストイックに生きる男たちの物語六編。ヨレヨレで生きているオレにとってはどれも憧憬を感じる。すべてがハッピーエンドではないけれど、そこにあるのは希望だ。生きるってのはまんざらじゃないよな。そして、歳をとるのも悪い事ではないよ。
人は誰も過去に抗えない。背負って生きていくしかないのだ。否定するのか今を生きる力に変えるか。また、強く生きるってことはどういう事なのか。自分が自分自身である事。どんな佳境でも自分を見失わない強さ。そして、やさしさとユーモアと。そんな事を知る藤原作品はオレにとってはバイブルだな。
中でも表題作の「雪が降る」はまさに珠玉の一編。もう泣けた。男と男、男と女。友情と愛情の物語。人を愛する力強さと切なさに涙が止まらない。欲望や柵を吹っ切った先にあるこんな感情は、歳を経たものだけが持てるものだな。若さはうらやましいけれど、オジサンにはオジサンのよさがやっぱりあるのだよ。
あと気になるのが「トマト」。銀座の雑踏で、人に「転換」した人魚に出会うショートストーリー。これは刹那な恋の物語なんだろうか。何とも不思議な雰囲気だけど、こんな出逢いは悪くない。
藤原伊織の魅力が凝縮された一冊。未読の人には、まずこれをお薦めしたい。
雪が降る (講談社文庫)
講談社
¥ 620
_ 始まりは“まごころ”だった。/太田裕美
22年振りのオリジナル・フルアルバム。
もっともミニアルバムとかCDのリリース自体はボチボチとお出しになっていたので、22年振りという懐かしさはないけれど。
自分にとっての元気の素、と言えるひとり。レトロな言い方をすれば、青春そのものだ。彼女の歌を聴いて、泣いて笑って元気づけられて。血となり肉となり、今の私がいるって訳だ。もうひとつ付け加えるならば、そこに松本隆の詩の世界があるんだけれど。
その歌声は少しも変わらないなぁ。昔と違うと思うのは、やさしさの色合いかな。今は慈愛という言葉がピッタリだ。それは大人のやさしさ。母親のやさしさ?
シンプルだど、心に暖かく響く曲たち。第一線で活躍しているアーティストたちが曲を提供していて、今までとは違う新しい世界が広がる。でも、どこか懐かしくも感じて。
特にすごいと思うのは、全曲どれもハズレがないってことだ。ハズレという言い方は語弊があるけれど、過去のアルバムの曲は、素敵でも好みじゃなかったりするものがある。今回のアルバムは一曲もスキップしようなんてことは思わせない。珠玉という言葉を使いたくなる11曲なのだ。
参加しているアーティストは、豪華らしいんだけどほとんど知らないや。昔の「12ページの詩集」みたいなもんかな。
周りの人に聞くと「木綿のハンカチーフ」は知っているけど……、なんてお答え。裕美さんの魅力って、アルバムにあると思ってる私には実に残念。シングルと違って知っている人しか知らないなんて勿体ないよなぁ。
始まりは“まごころ”だった。
Sony Music Direct
¥ 1,224
2006-11-30(Thu) [長年日記] 編集
_ 星降り山荘の殺人/倉知淳
見事に足元をすくわれたよ。騙されてうれしい一冊。ずいぶん前に読んだけれども、いまだに結末をはっきりと覚えている。とても印象的なクライマックス。
つべこべ説明するのは野暮ってもの。そもそもネタバレになる。こいつの面白さを伝えるのは難しいのだ。
雪に閉ざされた山荘で起る殺人事件。愚直なまでの犯人探しのミステリ。まぁ、いろいろ突っ込みどころもないわけじゃないけど、最後に待ち受ける読者への罠の前にはどうでもいい事。
星降り山荘の殺人 (講談社文庫)
講談社
¥ 790
