酔眼漂流記

酒を片手に酔眼化する日々の記録


2009-05-28[木] Too Far From Home [長年日記]

▶︎ [読書]絶対帰還。/クリス・ジョーンズ

絶対帰還。(クリス・ジョーンズ/河野純治) 人類が宇宙に上がって、もう半世紀が経つ。スペースシャトルの初飛行だってもう30年も前のことだ。最初は打ち上げの度に大きなニュースになっていたが、あの熱狂も関心も今では薄れてしまっている。もう宇宙というのは、我々にはいまだ遠いところだけれど、感覚的には身近な場所、日常となってしまったと言うことか。

今、宇宙には国際宇宙ステーション(ISS)がある。けれど、意外と知られていなかったりするのかも。まぁ、今は日本人宇宙飛行士若田光一さんが滞在しているので、話題にはなっているはず。1998年に建設開始。以来、ステーション内で実験・研究といった運用を行いつつ現在も建設中である。2010年完成、 2016年までの運用が予定されている。

2003年2月、スペースシャトル〈コロンビア〉が大気圏突入後に空中分解を起こし、乗員7名が死亡する事故は今でも記憶に新しい。地球とISSを結ぶ輸送機としてスペースシャトルが使われていたのだが、この事故のためシャトルの運用が停止となってしまった。つまり、第6次長期滞在チーム(エクスペディション6)としてISSに滞在していた3人の宇宙飛行士は、地球に帰還する手段を失ってしまったのだ。さあどうする?

読む前は邦題から、例えば『アポロ13』のようなものを想像していたのだが、ちょっと違う。絶体絶命のピンチという状況ではないので、緊迫感はないのだ。少なくとも「奇跡の救出作戦」ではないぞ。「無人島にキャンプへ行ったのはいいけれど、帰りの船が時化のため来ない」と言う喩えはちょっと次元が違うか。でも、クルーは水と食料の心配はするものの、宇宙空間で長期間暮らすということにはあまり心配していないようだ。半世紀の積み重ねは、それだけ宇宙を「普通」のものとしてきたというわけだ。地球と宇宙の距離は目の前に見える無人島と同じぐらい、なのかもしれない。

冒険的要素は少なくて、エクスペディション6のクルーの物語を軸に、米国とソ連(ロシア)の宇宙開発の悲喜こもごもなエピソードが描かれる。実は宇宙開発においてはロシアの方が米国よりも一歩先をいっているというは興味深いし、それぞれの考え方の違いも面白い。

例えば、これは有名な話だと思うが、無重力下では普通のボールペンは使えない。そこで米国なら無重力下でも使えるボールペンを開発するのに対してロシアでは鉛筆を持っていくというのは、納得してしまう対比である。

この物語のいちばんのメインが3人の宇宙飛行士の内面の葛藤だ。長期間宇宙に滞在するというのはどういうことか、どんな影響をもたらすのか。無重力下では、肉体的な影響はもちろん大きいが、精神的な影響も大きいようだ。魂が浄化されるというと大げさか。

原題は"Too Far Form Home"。"Home"と言うのは地球のわが家だけのことではない。

彼らはいつも夢想していたのだ。宇宙での恐怖や、恐ろしいほどの孤独などすっかり忘れていた。しかし、彼らのなかには、おそらく永遠に、宇宙への憧れが組みこまれていた。地球に帰還してから毎日のように、宇宙へ帰ること考え、宇宙へ帰る方法を模索した。宇宙こそ自分の居場所だと信じていた。

宇宙への望郷の念。「絶対帰還」は結構意味深なタイトルかもしれない。

ニュータイプじゃないけれど、重力に縛られなくなると何かが変わるのか。人の革新はありえるのではないかと思ってしまいましたね。

地球帰還のパートは、唯一ドラマティックなパート。その帰還もこのミッションにふさわしいフィナーレである。事実は小説より奇なり、なのだ。

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