酔眼漂流記

酒を片手に酔眼化する日々の記録


2012-04-02[月] [長年日記]

▶︎ [読書]奇面館の殺人/綾辻行人

中村青司が設計した奇面館の主人・影山逸史。<もう一人の自分>を捜している彼に招待された6人。鹿谷門実はその中の一人に頼まれ、代わりにその風変わりな会合に出席することになる。風変わりというのは、主人の要望で館に滞在中はそれぞれが仮面をかぶり顔を隠すため。一堂が揃ったその晩、惨劇は起こる。首と手の指を切り落とされた死体と、仮面に鍵がかけられ脱ぐことができなくなった招待客たち。果たして、殺されたのは主人の影山逸史なのか。季節外れの雪に閉じ込められた奇面館で、鹿谷門実が到達した真相は?

何故犯人は、首と指を切り落としたのか。そして、招待客たちの仮面を脱げなくしたのか註1。これがこの物語を楽しむポイント。首なし死体とくれば、当然被害者と加害者の入れ替わりとか考える。

しかし、その真相はありきたりなこっちの考えを覆すに十分なインパクトのあるもの。犯人の意図は予想外のところからの変化球であった。そんなことだったのかぁ!という驚きが楽しめるミステリである。ミステリの醍醐味は謎が解ける瞬間にある。その解明があやふやなのは論外。「奇面館」のように複雑に見えて、実は単純明快ってのがしびれるのだ。これは著者のミスディレクションの巧さでもある。

ただ、分量の割に殺人はひとつだし、事件の後は鹿谷門実が淡々と推理を述べていくだけで、大きな動きもなく少々盛り上がりにも緊張感にも欠ける。おまけに登場人物が皆仮面をかぶって註2、誰が誰やらわからないというのも興を削がれる部分ではある。紙面といえども「顔が見えない」のは影響するのだ。ただし、それも著者の手の内ってことで。

後、この中での紅一点、臨時アルバイトのメイドとして登場する女性がいる。時折彼女の視点で描かれるパートがあるんだけど、ならば全編彼女の視点で描けば良かったんじゃないのかなぁ、と。もうひつ。綾辻流の思わせぶりな書き方が、どうもじらされて苦手ではある。

以下は余談。シリーズ第一作の「十角館の殺人」が出たのは25年前。最初の頃は作中の時代と現実の世界は、ほぼリアルタイムで繋がったいた。それが今作の時代背景はまだ1993年。20年前である。携帯電話は普及率は3%だし。インターネットじゃなくてパソコン通信の時代だ。このギャップはなかなか興味深くて、その時代を生きていたオレなんかにはそれほどでもなくても、若い世代のひとにとってはどう感じるのか。新しいけど「古い」ミステリだよな。著者自身が意図した効果じゃないだろうけれど。

奇面館の殺人/綾辻行人(講談社ノベルス)

註1 ちなみに、皆さん睡眠薬を盛られて前後不覚になったところで仮面をかぶらされ鍵をかけられたのでした

註2 館の使用人たちはこの限りにあらず